東京高等裁判所 昭和24年(行ナ)4号 判決
原告 斎藤憲三
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
原告訴訟代理人は、特許局が昭和二十四年二月五日に爲した同廳昭和二十二年抗告審判第一五三号昭和二十一年特許願第五二四七号家畜飼料製造法拒絶査定不服抗告審判事件の審決は之を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求めた。
三、事 実
本件特許出願に係る家畜飼料製造法に関する発明は昭和二十一年九月十三日附特許願書に添付の明細書及びそれを明確にする爲訂正した昭和二十二年八月十五日附訂正明細書に記載してある通りでその要旨は酸処理等の煩瑣な処置を必要としないで未利用資源を原料として簡單にしかも醗酵菌の繁殖を有効に促進させて易消化性の家畜飼料を低廉且大量に得るために藁材、鋸屑、籾殼等の粗纎維物質を攝氏三〇〇度乃至五〇〇度で狐色になる程炒熱し腐敗菌を死滅させると共に粉碎し易くし之に粃糠を添加して蒸熱し温度を攝氏約四十度に降下さした後酵母菌を加えて蒸室内で醗酵糖化させると共に粗纎維物質の纎維分解を行わさせる点にある。特許局は本件特許出願を拒絶するに当り昭和十六年八月四日特許局発行の特許第一四三五六五号明細書を引用して本願は新規の工業的発明を構成するに足らず特許法第一條に規定する特許要件を具備しないものとしている。
しかし右引証特許は從來一般に馬糧その他の飼料に供されていた藁、大麦、小麦、大豆及び糠類を原料とし之に酵母及び石灰を添加醗酵せしめたものに過ぎない。而して「ツンドラ」籾殼、鋸屑等を稀酸で酸糖化し之に酵母を添加して醗酵処理して飼料化する方法も又特許第一四七〇五三号及第一四〇二〇九号明細書に於て説示せられるところで之等の特許例が併存する所以のものは新規性を審査するに当り個別観察を離れて綜合的に観察し発明を構成する各要素の綜合に特異性を認め之より帰納せられる効果を認識したものに外ならぬ。元來藁材、鋸屑、籾殼類を醗酵せしめる場合往々にして腐敗菌が付着して折角の苦心が水泡に帰ししかも飼料のことで大量生産を必要とするから採算的でなければ工業的発明とは称し難い。しかるに本発明は之を極めて巧妙に解決したものでその工程は
(一) 藁材、鋸屑、籾殼類のみを炒熱すること
(二) 粃、糠は之を炒熱しないでその儘先の炒熱粗纎維物質に混和すること
(三) 之等の混合物を一且蒸熱してから酵母菌を添加して蒸室え入れること
であつて右工程中最も重要なのは第一工程で之により腐敗菌を死滅させる許りでなく非常に粉碎し易くなるから粃や糠と混合する場合に好都合なのである。かくて酵母菌は腐敗菌に醗酵機能を妨げられないからその醗酵作用はすこぶる旺盛で良質の飼料が出來上る訳である。
加之訂正請求範囲では藁材、鋸屑、籾殼等の粗纎維物質を攝氏三〇〇度乃至五〇〇度に於て狐色になる程度に炒熱して部分的に炭化する様にその炒熱温度を限定した。その訳はこの温度範囲で炒熱すると左の好結果を生ずるからである。
(一) 植物蛋白及澱粉質の糖化を容易ならしめ
(二) 從つて酵母菌が極めて有効に作用し
(三) 更に粗纎維物質の纎維分解を容易に遂行せしめ得る
右作用はやがて家畜類の胃腸に於て「エレプシン」酵素作用を活溌旺盛にし他の食糧である粗纎維物質の消化を迅速にしかも完全に行わしめることができる。
斯様に本発明は藁材、鋸屑及び籾殼を攝氏三〇〇度乃至五〇〇度で炒熱することが極めて肝要であるが引証例ではこの重要要素並に之より誘導せらるゝ作用効果に関しては毫末も言及するところかない。
從つて本件発明と引証特許第一四三五六五号とは両者共原料を醗酵させることに於て共通点はあるが目的、作用、効果の点に於ては多大の差があり新規の発明であること明らかであるに拘らず之を無視して本件発明を目して特許法第一條の特許要件を具備しないものとして原告の抗告審判の請求を排斥した特許局の本件審決は審理不盡理由不備であるから之が取消を求める爲め本訴請求に及んだと述べた。(立証省略)
被告指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め答弁として本件特許出願の要旨が原告主張通りであること、特許局が特許第一四三五六五号を引用して本願は新規の工業的発明を構成せず特許法第一條に規定する特許要件を具備しないものとして原告の抗告審判の請求を排斥したことはいずれも認めるがその他の原告の主張は之を爭う。
元來原告が主張する様に食飼料に供する醗酵原料を加熱して醗酵を安全に行わしめることが斯業における常識的事項で新規性のないことは明白であつて特許第九三九五一号の発明はその明細書(昭和七年一月十五日発行)に記載してある通り籾殼を焙炒したものを粉碎し之に糠を混じて醗酵させ家畜飼料を製造する方法であつてその原料を焙炒することは本願と全然同様で目的並びに作用効果に於て特に差異はない。從つて原告の抗告審判の申立を排斥した本件審決には何等審理不盡、理由不備の点はなく原告の本訴請求は理由がないと述べた。(立証省略)
四、理 由
本件特許願書並に添付の明細書(記録第三十三丁以下)と訂正明細書(第十八丁以下)によれば本件特許願は昭和二十一年九月十三日附にて出願せられ同月十五日受付けられたこと並に本願の発明の要旨は藁材、鋸屑、籾殼等の粗纎維物質を攝氏三〇〇度乃至五〇〇度に於て狐色になる程度に炒熱して腐敗菌を死滅せしめると共に粉碎し易からしめ之に粃、糠を添加して蒸熱し温度を攝氏四十度に降下せしめた後酵母菌を加え蒸室内に於て醗酵糖化せしめると共に粗纎維物質の纎維分解を行わしめることを特徴とする家畜飼料製造法にあることはその記載によつて明白である。
しかるに成立に爭のない甲第一号証によれば昭和十六年二月二十日公告に係る特許第一四三五六五号の明細書には藁類を短截除塵し之に麹類糖等の混じて成る醗酵母料と石灰とを加え醗酵せしめて飼料を製造する方法が記載してある。よつて右特許と本願との両製造方法を比較するに右特許に於ては藁類を短截除塵して醗酵せしめるに対し本願では藁その他の材料は先ず之を炒熱して醗酵せしめる点石灰添加の有無の点に於て丈差異があるに過ぎない。而して食飼料類は加熱により消化し易くなること、食飼料に供する醗酵原料は加熱により醗酵を容易ならしめることは古來周知の常識に属するのみならずこの程度の処理方法は何人も必要に應じて日常試みているところであり殊に成立に爭のない甲第四号証によれば昭和六年十二月十七日公告に係る特許第九三九五一号の明細書において籾殼を焙炒し米糠を混入して醗酵させて食料飼料を製造する方法が記載してあることが認められるから本願の処理方法は本件特許出願前既に国内に於て公然知られていた範囲を出ないものと認めるを相当とする。その他本願の処理方法は各部分に於ても又全部を綜合して考察するも特に新規な工業的発明であると認め得べき点は到底之を発見できないから本願は特許法第一條所定の特許要件を具備しないものと云わなければならない。されば之と同一見解の下に原告の抗告審判の申立を排斥した特許局の本件審決は相当で本訴請求は理由がないから訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條、第九十五條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺葆 浜田潔夫 牛山要)